『狼の恩返し』

 

むかしむかし、葛生の宿に、ゲンさんというおばあさんが住んでいました。おゲンさんは、元気でやさしく、その上とても世話好きでした。子どもが大好きで、どの子どもでも呼んできて、庭の柿や栗の実をとってくれたり、とうもろこしを焼いたり、だんごなどを作って食べさせたり、それはそれはかわいがりました。だから、子どもたちは、「おら、おゲンさんち家の子になりてえ」というほど、おゲンさんになついていました。

さてある日、このおゲンさんが、となり村の親戚にお祝いごとがあって、よばれていったことがありました。久しぶりに、方々から集まった親戚の人たちは、楽しく話をしたり、飲んだり、食べたり、歌ったり、踊ったりして時のたつのも忘れてすごしました。気がついてみると、日はとっくに暮れていました。おゲンさんは、「こりゃまあ、すっかりよばれちまって、こんなに楽しかったこたあ、ありぁせんよ。そんじゃ、ここらで帰らしてもらいますべえ。」

といって、立ち上がりました。家の人たちは、「今からじゃ真っ暗で、あぶねえから、今夜はゆっくり家にとまって、明日帰んなすったらよがんしょ。」としきりに引き止めました。気丈なおゲンさんは「いや、ありがとがんすが、夜道にゃなれてやんすから・・・」と無理に断って、親戚の家を出たのでした。

ちょうど、秋も深くなって、月の光が冷たく感じられる晩でした。ごちそうをいっぱいつめた重箱のつつみを片手に、よい機嫌で、鼻歌をうたいながら、田んぼのあぜ道を帰ってくると、道の真中に黒いものが、うずくまっています。「はて、なんだろう?」二間(約3.6メートル)くらいのところまで近づいたところ、おお、それはおそろしい狼が大きな口をあけて、おゲンさんに今にも飛びかからんばかりの様子で、じっとおゲンさんを見つめているではありませんか。

さすがに気丈なおゲンさんも、恐ろしさに体ががたがたとふるえだしました。逃げようと走っても、狼にはとてもかなわないし、助けを呼ぼうにも、近くには一軒も家がありません。どうしたものかと考えても、よい考えはうかびません。そこで、死んだ気になって、「狼さんよ、おら年寄りだで、食べたってうまかねえよ。そのかわり、このごちそうを食べてけれ。」

といって、重箱のつつみをといて、ふたを取り、狼の前におそるおそる差し出しました。ところが、狼はそのごちそうに目もくれず、おゲンさんのほうを見て、いくども首を下げているではありませんか。口からよだれを出しています。

そして、前足を口のところに持っていくのです。ふしぎに思ったおゲンさんが、こわごわ近よって、狼の口の中を月の光でよく見ると、とげのようなものが刺さっているようです。「そうか、とげが刺さっているんで、とってくれというんだな。

ようし、とってやるべ。とったら、おらごと、がぶりと食いつくんじゃああんめいな。食わねって約束すっか。」というと、狼は首をたてにふっています。「そうか。そんならとってやんべ。」といって、今は恐ろしい狼というよりも、苦しんでいるものを助けてやろうという気持ちでいっぱいのおゲンさんは、狼の口の中に刺さっているとげを、しっかりつかんで力いっぱい引き抜きました。

とげが抜けて、痛みのなくなった狼は、とてもうれしかったのでしょう。

まるで、犬がするように、おゲンさんの手をペロペロなめたり、飛びついたりしています。

「よしよし、ほんとによかったな。そんじゃ、おれ、うちに帰るからな。おめえも早く山に帰りなよ。」というと、重箱をふろしきにつつんで歩き始めました。

ところが、狼は山に帰らずに、おゲンさんの後をどこまでもついてくるではありませんか。「こら、もう用はねえから、さっさと山にお帰り。鉄砲ぶち(猟師)に見つかったらぶちころされるぞ。」といいました。でも、狼はあいかわらず、おゲンさんの後をついてきて、とうとうおゲンさんの家まできてしまいました。おゲンさんが家にはいるのを見とどけると、狼は山のほうに走っていってしまいました。

おゲンさんは、家に入ったとたん、土間にへなへなと、たおれるようにしゃがみこんで、動けなくなってしまいました。家の人たちはびっくりして、おゲンさんを抱きかかえ、ふとんに寝かせました。

少したって落ち着いたおゲンさんから、狼の話を聞いた家の人たちは、びっくりしたり、ほっとしたり、「おばあさん、もう夜の一人歩きはだめですよ。」といいました。さて、つぎの朝、夕べのことはすっかり忘れてしまったように、おゲンさんは元気に早起きして、表の戸をあけました。見るとおどろいたことに、軒下に一羽の山鳥がおいてあります。

 家の人も、これはどうしたことかと、ふしぎに思いましたが、「そうだ、助けられた狼が、お礼に獲ってくれたんだろう。」ということになり、「感心な狼だなあ、じゃあ、せっかくだから、みんなでいただこうや。」

こうして、この山鳥の肉を汁のだしに、おゲンさんが得意のそばを打って、家の人ばかりでなく、となり近所の人たちにもふるまいました。

 

そして、その次の朝には、うさぎが置いてあり、それからしばらくの間、いろいろなものがあったので、「狼の恩返し」として、村の大評判になったということです。